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『新国立競技場は神宮の地に相応しいだろうか?』というお話

★珍蔵:
日本建築界の大御所であり世界的な建築家でもある槇文彦が、新国立競技場案を批判している。

ザハ

批判の内容は形態そのものというよりも、そのスケールの巨大さにある。敷地11haは東京体育館の2.5倍、観客数は10倍となる。このコンペには周辺環境に考慮した事が良くわかる模型の提出が義務付けられていなかった。外観やスケールが分かるものはパースのみで、それも提出が義務付けられた4枚のパースのうち鳥瞰パースは1枚だけという簡易なもので、これでは建築の専門家以外の審査員は分からなかったろう、という事だ。

■万吉:
僕もあの案には賛成しかねる。

国立競技場というのはラグビーとサッカーの聖地でもあるが、太平洋戦争真っ只中の昭和18年に出陣学徒壮行会が行われた神聖な場所でもある。降りしきる雨の中を行進した学徒の多くは再度学窓に戻ることはなかった。

国立競技場は東京オリンピック以降、文科省が管理運営しているが、敷地の神宮外苑総体は明治神宮が管轄している。そもそも神宮外苑は明治大帝の遺徳を後世に伝えようと整備されたもので、それ以前は帝国陸軍の青山練兵場だった。いわば大日本帝国の栄華と崩壊、そして戦後日本の復活と繁栄という重層的な歴史が染み込んでいる土地でもある。

そういう歴史的文脈がある土地だ。審査員や入選した建築家はこの重要な事をわかっているのかな。

★珍蔵:
都市計画的には、神宮の一帯は大正15年に日本初の風致地区に指定され、都市景観と自然の調和を保全することが求められている。明治神宮外苑においては聖徳記念絵画館とそこに向かう道の両側に並ぶイチョウ並木がその中心であり、この地域のスポーツ施設は単なる脇役に過ぎない。

槇文彦は、新国立競技場の巨大なシルエットはこの地域の調和が永遠に失われると指摘している。もっともこれは、コンペ案というよりコンペの条件としてプログラムを決めた官僚を批判していると言えるだろう。そのプログラムは多くの関連部局から提出されたものを単に積み上げただけのもので、その結果、高さ70M、屋内延べ面積28万平米という巨大建築を求めることになったという。

確かにイチョウ並木から見た絵画館の後ろにあのシルエットが見えるとしたら異様だな。

■万吉:
国立競技場周辺をスポーツを楽しめる、メジャーリーグのボールパークにしたいという意見もあったという。ボールパークという言葉にはアメリカ人としての歴史哲学のようなものが秘められているといえる。アメリカ人が野球場をボールパークと呼ぶのは、ベースボール観戦をナショナルパスタイム、つまり国民的娯楽として誇りを持って位置づけているからだろう。彼らにとっての娯楽とは戦いとって勝ちとった末の報酬としてもたらされた果実であって、家族や恋人と過ごす幸せな娯楽の時間を継続するためにはさらに戦い続けなければならない。

日本においてのスポーツの受容形態は、肉体的鍛練を通じて精神を鍛練し道を究めるという、武道準じるところがあり、従って野球場や競技場の持つ意味はアメリカとはやや異なると思う。勿論、だからといって堅苦しいものにする必要は全くなく、形態としてはボールパークで一向に構わないのだが。ただ国立競技場はこれからも数々の国際試合の舞台ともなるだけに、昭和18年10月21日に響き渡った「海往かば」の歌声に込められた日本人の万感の思いの片鱗がどこかに刻まれる建築になってもらえれば、と思って期待していたのだ。

しかしあの入選案は素人の僕から見ると、まるで巨大なUFOが着陸したみたいに見えてしまい、都市を何百年の時を超える歴史的遺産とする思想からは全くそぐわないと思う。槇文彦の意見に完全に同意する。福山雅治がラジオで「あの競技場はオリンピックが終わるとどこかへ飛んでいきそうだ」と言っていたが、誰が見ても地についているようには見えない。

★珍蔵:
先日、参院予算委員会で新国際競技場に関する質疑が行われた。当初、1300億と見積もられていたが、競技場建設地整備のための既存の建造物の取り壊しやインフラの建設のため、さらに1700億円必要ということがわかり予算が膨らんだ。その為、下村博文五輪担当相は参院予算委員会で、競技場建設と周辺のインフラ整備ための3000億円という予算は「あまりに大きすぎる」との考えを示し、計画の縮小を検討することを明らかにした。

しかし僕の経験から言うと、計画時で倍になるものは実際の施工時点でもっと増えることになる。今の建築費の高騰は当分続くと思われるので、更に倍近くになるのではないか。

■万吉:
そこまでの税金を使って環境破壊のような建物を建てるのは、はっきり言って「反社会的」だ。納得がいかない。僕が感じる事は何も日本人だからではない。海外メディアも同様の批判している。ワシントン・ポスト紙は、新競技場の計画は今年初めに東京都と政府により承認されたが、下村氏の発言はこの計画方針の見直しを明らかにしたものだ、と報じていた。ジャパン・タイムズ紙も、新競技場の設備はすばらしいが、そのデザインは、建物を取り囲む明治神宮外苑の環境と調和せず、聖徳記念絵画館や、東京体育館などの他の公共建築物の存在を矮小化してしまう、と指摘している。

★珍蔵:
この新競技場について寄せられた海外の意見には、「ザハ・ハディドには悪いが、自転車用ヘルメットにしか見えない」、「現国立競技場について、この時代を問わない素晴らしいデザインの建物を壊そうとしているなんて。建設されてから50年間も経つけど、あのヘルメット建築よりずっと未来的だ」など否定的な意見が多い。勿論、「みんなデザインに不満があるようだけど、私は、日本の風景によく合ってると思う」などの賞賛する意見もみられる。また、「日本政府が、新競技場建設にいくらかかるか、ざっと見積もることすらできないとは理解に苦しむ。正気とは思えない。」と計画の甘さを指摘したものもあった。

■万吉:
そもそもなぜ日本人建築家限定にしなかったのだろう?
 
★珍蔵:
2回目のオリンピックは成熟した都市、国家として、周辺諸国を巻き込んで行く事をを求められるそうだ。国立競技場のデザイナーとして安藤忠雄が指名されたが、彼は「もうそういう時代ではないし、こういうものは世界に開かれていなければならない」そして、世界から案を集う国際コンペにすべきと主張し、その考えが通った。

世界中で色々な建築コンペがあるが、どんなにその国の重要な施設であろうと世界に開かれたコンペであることがすでに常識となっている。世界的な建築家である安藤忠雄も世界のコンペに応募している。その彼がタクトをふるっている国立競技場コンペを、まさか「今回は日本人だけで」、というわけにはいかないだろう。まあそういう事情がある。

■万吉:
僕は、明治神宮は近代日本にとって特別な存在ゆえに、日本人建築家が設計するべきだったと思う。繰り返しになるが、明治神宮外苑は単なる広場ではなく京都を出て東京を首都と定め、日本を真の意味で近代統一国家となさしめた明治天皇をおまつりした神社の敷地で、学徒出陣の壮行会が行われた場所でもある。

「世界に開かれていなければならない」というのは俗説に過ぎない。グローバリゼーションの進行する時代だからこそ国家のアイデンティティーを大事にするべきと思う。これは差別とか偏狭な排外主義とかの問題ではなく、国家のアイデンティティーの範疇だ。

まあ世界のコンペの潮流がそういうことなら、なかなか受け入れられないかもしれないが、だとしたら、その文脈をもっと上手く伝える努力をするべきだった。一番重要な事だよ。単なる緑地帯じゃないんだよな。未来的で斬新な建物を作ればいいという場所ではない。

★珍蔵:
確かにコンペのプログラムに、神宮外苑の文脈がキチンと書かれていなかったのが大きな問題なのだろう。槇文彦氏が設計した千駄ヶ谷の東京体育も、代々木の競技場などに比べればどうという建物ではないが、唯一神宮の文脈を汲んでいるとすれば、そのスケール感だと思う。

日本人建築家も色々で、はたして日本人という言葉で一つに括れるかどうか気がかりではあるが、確かに日本人ならあの辺りの文脈は言われなくともキチンと取り入れただろう。実際、いいなと思う日本人の案もあった。

まあ、ザハ・ハディド氏の設計事務所担当者は、このデザインした競技場は周辺の既存の建物と調和し、柔軟な設計は様々な用途に使用が可能だとしている様だがね。

■万吉:
彼女を推した選考者には、イラク人女性(イギリス国籍)であるというところに無意識のバイアスがかかったのかもしれないな。

★珍蔵:
安藤忠雄のこのコンペにあたってのメッセージは以下の通りだ。

『日本を変えたい、と思う。新しい日本をつくりたい、と思う。もう一度、上を向いて生きる国に。そのために、シンボルが必要だ。日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような。世界中の人が一度は行ってみたいと願うような。世界史に、その名を刻むような。世界一楽しい場所をつくろう。それが、まったく新しく生まれ変わる国立競技場だ。世界最高のパフォーマンス。世界最高のキャパシティ。世界最高のホスピタリティ。

そのスタジアムは、日本にある。「いちばん」のスタジアムをゴールイメージにする。だから、創り方も新しくなくてはならない。私たちは、新しい国立競技場のデザイン・コンクールの実施を世界に向けて発表した。そのプロセスには、市民誰もが参加できるようにしたい。専門家と一緒に、ほんとに、みんなでつくりあげていく。「建物」ではなく「コミュニケーション」。そう。まるで、日本中を巻き込む「祝祭」のように。』

◼︎万吉:
やはり、今述べてきた様な肝心な事は書かれていない。また、審査員の入選作評で『周辺環境や自然との親和性に富んでおり、環境の時代の新しい建築の在り方を示していると考えられた。』とあるが、僕を含めてあれを見てそう考える人がどれだけいるだろうか。プログラムを作った官僚や審査員達は本当に罪深いと思う。

納税者の立場とすれば、1千億以上もかけながら変更の連続で中途半端なものが出来るなら、最初からもう一度やり直して欲しいものだがね。







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プロフィール

urimasa

Author:urimasa
珍蔵:設計事務所経営。建築家。
サッカーファン。
(特にバルセロナFC)

万吉:元ジャーナリスト。投資家。
野球ファン。
(特に日ハムファイターズ)

只今【Soccer Journal】に参加中
http://soccer.livedoor.com/

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